生活: 2008年7月アーカイブ
昭和を思い出す「改源」のデザインです。このデザインは,湯飲み茶碗とそれを受ける茶托をイメージしたもので,改源は昔は「お茶でも飲める風邪薬」をキャッチとして販売しており,はっきりとした経緯は不明ですが、お茶でも飲めるという意味をこめて湯飲み茶碗にしたものと推測されます。これは,株式会社カイゲンにお尋ねして教えていただきました。
現在の用法には
「茶湯または湯水で服用してください」とあります。
改源の発売は大正13年。昭和40年には長崎出身の作詞家,藤浦洸を起用してテレビ宣伝を開始。昨年はたしか,デーモン小暮を起用していたはずです。藤浦洸さんといえば NHKの「私の秘密」で回答者として活躍されていたのを覚えています。正直な人だなと感じました。作品としては「別れのブルース」「チャイナ・タンゴ」「水色のワルツ」「河童ブギ」「悲しき口笛」「私は街の子」「東京キッド」「りんご園の少女」などが有名です。
淡谷のり子さんの「別れのブルース」では,「BLUES」についての発音が「ブルース」であるのか「ブルーズ」であるのかが話題となることがあります。初期には「ブルーズ」と歌っていたようですね。
昭和40年代初めでしょうか。キリンビールのレトロな灰皿です。懐かしいデザインです。ビールと言えばキリンビールだった時代です。
お使いに行かされたのは,小学生の頃。夕方になって,母親が一升瓶の中の日本酒の残りが少なくなっているのに気付いたとき。いつも五合瓶を買いに行かされました。
踏み切りを渡り,小さな路地を抜けたところに酒屋がありました。小さな酒屋には木でできたカウンターがあって,まだ外は明るいというのに,いつも一人か二人のおじさんが,小皿の上の透明のグラスになみなみと注がれたお酒を,こぼれないように気をつけながらすすっていました。そのカウンターの上に置かれていたのがこの灰皿です。

私は二級の五合瓶を両腕で抱えるようにして,来た道を戻ります。恐れたのは,途中で知らない犬に会うことです。あの頃は野良犬がまだたくさんいました。犬に噛まれることなど珍しくありませんでした。私は五合瓶を抱えたままでは野良犬から逃げきれないと思っていました。さらに顔見知りの野良犬の中にもたいそう性格の悪い奴が何匹がいました。そいつに会うと,私は知らぬふりをしてきびすを返し,遠回りして帰らなければなりませんでした。お使いに行かされて,二回のうち一回は遠回りしなければならなかった帰り道です。
キャスキッドソン(Cath Kidston)の折り畳み傘です。ポップでどこか昭和レトロの匂いもするデザインです。素敵です。
折り畳み傘はドイツのハンス・ハウプトによって昭和3年に考案されました。日本での開発は昭和24年ごろのことらしいですが,折り畳み傘が日本で広まり始めたのは昭和30年代に入ってからのことです。まだ,下駄箱の端の部分に設えられた傘入れのスペースに番傘が一本入っていた頃の話です。
初めて見た折り畳み傘は父親が買ってきた黒色のものでした。昼間は学校が終わると独りだった小学生の私は,傘を包んだ黒いケースのボタンをそっと外し,傘を取り出してみました。そして,大きく広げてみました。家の中で畳に座って広げられた折り畳み傘の骨を,そしてその仕組みを,惚けたカッパのように眺めました。でも気がつくと,元のようにはうまく畳めません。力ずくで押し込まれた折り畳み傘のケースはパンパンに膨れていましたが,素知らぬ顔で夕ご飯を食べていた梅雨空の夜。除湿をしてくれる機械なんてなかった昭和の日です。






