時計の最近のブログ記事
昭和40年代の東京時計の置き時計。優しいデザインと、漢字の曜日表示が昭和を思い起こさせる。
東京時計には変遷があるが、「東京時計製造株式会社」として成立したのは昭和26年。昭和40年代後半には経営不振に陥り、紆余曲折を経て昭和59年に会社は清算された。
窓を開けて扇風機の風に当たりながら、産業革命って何だったのだろうと思う。たとえば、現在市街地で暮らしていて、エアコンもないとお年寄りは熱中症になってしまうだろうから、エアコンは役に立っていると言えるかもしれない。しかし、ヒートアイランドを起こしたのは様々な高層建築物であり、アスファルト道路であり、自動車による熱の排出、そして皮肉なことに、ヒートアイランドに住む老人を助けるエアコンも大量の熱を街に放出しているのである。自分たちが放出した熱をしのぐためにさらにエネルギーを使い続けている。今年も嫌な夏がやってきた。
「brand new rocket」の置き時計です。古いものではないですが,文字盤が優しくて少しレトロっぽく,綺麗なデザインです。理容店の大きな鏡の脇の飾り棚においてありました。
昭和の時代,自分で床屋に行きたいと思ったことはなかったような気がします。子どもの頃はあまりに髪が伸びてくると,親に床屋に連れて行かれ,親は床屋のオヤジさんに代金だけ払って私を放置して帰りました。あの頃の床屋は混んでいることが多く,待つ間にたくさんの漫画が読めました。昭和40年代,「少年マガジン」「少年サンデー」「少年キング」の三冊はどうにかして読みたかった。だから,近くの貸し本屋さんにも通いましたし,遠くの図書館まで自転車を漕ぎました。漫画雑誌を買うなんて考えもしなかったあの頃です。
寝室には柱時計がかかっている。昭和30年代の精工舎。安価なものですが好きなデザインです。
柱時計の歴史は明治に始まると思うが,まず八角型がアメリカから輸入された。その名の通り八角形の形をしていた。そしてだるま型ができた。だるま型は文字盤部分と振り子部分がそれぞれ丸く重なり,左右に小さな丸が二つ。四つ丸型ともいいます。いずれも明治のもので,レトロでアンティークなデザインです。やがて,スリゲル型と呼ばれる長方形の箱の形のものが出てきます。骨董的にはやはり八角型やだるま型が高いですね。
でも私は昭和30年代に普通の家庭にあった何でもない柱時計が好きです。庶民の家庭はそんなに広くはありませんでした。ちゃぶ台を置けばそこがダイニングルームで,ちゃぶ台を畳んで布団を敷けば寝室になりました。そんな家庭に柱時計がかかっているのです。当然夜中は時計の振り子の音だけがチクタクと聞こえます。不思議と,「うるさいから振り子を止めろ」なんていうことはありませんでした。30分ごとに時を告げるボーンボンさえそのままにして寝ていました。それが昭和だったからでしょうか。
