飲食: 2008年7月アーカイブ

昭和レトロなデザインのベビーラーメンです。現在復刻版が売られています。おやつカンパニーが製造する、味付けフライ麺風のスナック菓子です。

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パッケージには「ベビースターラーメン」とありますが,当時は「ベビーラーメン」という名前でした。10円で買えたと思います。それまでのお菓子とは一味違っていて,人気がありましたね。私は友達の豊永君と一緒にこのベビーラーメンを銭湯に持ち込み,湯船の中で食べてみたのですが,気がつくとポロポロとこぼしたベビーラーメンが湯船にたくさん浮かんでいて,番台のおばさんに怒られました。昭和でしたね。
子どものころにはほとんどこれと一緒のデザインでした。昭和レトロなちゃぶ台の上にちょこんと座っていた磯じまんです。おかずがなければ,沢庵か磯じまんです。

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磯じまんが発売されたのは大正15年。現在の社名は磯じまん株式会社。大阪に本店を置く磯じまんは,やはり関西でのシェアが高い。海沿いの町でおばあさんが作る佃煮には負けるかもしれませんが,他の大手企業の佃煮よりは美味しいですよ。関東の方にお奨め。

メガネ肝油の広告です。いかにも昭和の広告です。雑誌の広告ですが,会社名が存在しません。そのレトロなデザインはどこか富山の薬にも似ています。

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メガネ肝油の発売は明治17年というから,その歴史は古いです。当時,肝油は輸入されていたものですから,伊藤千太郎商会より発売されたこの肝油が初めての国産ということになります。その後伊藤千太郎商会は昭和33年にメガネ肝油株式会社となります。しかしこの広告は昭和29年の広告ですので,会社名は商品名の後から付いてきたということになります。そして昭和50年にワカサ株式会社に社名変更して現在に至っています。

メガネ肝油の「メガネ」は同社のロゴマークに由来します。明治当初にはハイカラであった鼻眼鏡を伊藤千太郎がロゴマークとして採用したからです。

本来,肝油とはその名の通り,魚の肝臓から抽出した脂のことで,ビタミンA・ビタミンDなどのビタミン群を豊富に含んでいます。肝油は昭和20年代にはスポイトで飲むのが普通だったといいます。私が物心ついた頃にはもうスポイトで飲んだという記憶はありません。小学校の頃は,夜盲症にならないために,と,肝油ドロップを食べさせられた記憶が強いです。あの頃の子どもには,確かにビタミンは不足していたかもしれません。お新香でお茶漬けをかき込んで「はい,ごちそうさま」ということがおかしくなかった時代です。「今日はおかずはないよ」という母親の声を今でも覚えています。
ついつい買ってしまうレトロなデザインの「昭和サイダー」。サンガリアの製品です。

「のどかわいたね」
「サイダーがいいわ」

妙に子どもの会話でない味がする。

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昭和の時代には何にでもふりかけた思いが残る味の素。昭和レトロなデザインの缶です。真ん中のお母さんがいいですね。ふりがなが「あぢのもと」となっていますから,昭和20年代のものでしょうか。

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明治41年東京帝国大学教授の池田菊苗博士が,出汁昆布のうま味の正体がグルタミン酸であることを突き止めたことからうま味調味料の歴史は始まります。そしてその翌年には味の素が発売されたというから驚きです。

突然ですが,疑問があるのです。味の素とハイミーはいずれも味の素株式会社の製品ですが,違いは何なのでしょうか。味の素のページを見ると丁寧に答えが載っていました。

うま味調味料「味の素®」は、昆布のうま味に代表されるグルタミン酸ナトリウムに2.5%の5'―リボヌクレオタイドナトリウム(しいたけやかつお節のうま味成分)を配合したものです。食材のおいしさを引き立てたり、料理の味をととのえる基本的な調味料として、下ごしらえから仕上げまで味の補いとしてあらゆるメニューにお使いいただけます。

「うま味だし・ハイミー®」は、前出の5'-リボヌクレオタイドナトリウムが8%加わり、うま味調味料「味の素®」よりうま味が強く、かつコクがあります。「うま味だし・ハイミー®」は、汁物や煮物のだしとして、お使いいただけます。中華でもこってりとした料理やとろみのあるスープ、味噌を使った料理、野菜をじっくり煮込む料理、吸物、酢によく溶けるため酢の物の調味などに適しています。

「うま味だし・ハイミー®」の方が少量でうま味をきかせることができます。

むむむ・・・少しだけ分かったような夏の夜

この機械を見てかっこいいと思う人は少ないのでしょうか。いい味を出していると思います。機能のために磨き上げられたデザイン。昭和レトロなポン菓子機です。

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「パットライス」私たちが子どもの頃はこう呼びました。しかし「ポン菓子」「ドン菓子」と言う地域が多いようです。

近くの遊園地にだいたい日と時間を決めてやってきていたポン菓子屋のおじさん。遊園地の中にリヤカーで引っ張ってきた機械を据え付け,鐘を鳴らす。何故だったのか,私たちにはパットライスのおじさんが来たことが分かっていた。母親にお米をもらって遊園地まで走る。ポケットには十円玉が入っている。

集まったお米を釜の中に入れ,釜を火であぶりながらゆっくりと回し続けていると,釜に付いた圧力計の針がじりじりと上がっていく。頃合いを見計らって,おじさんが軍手をした手に金槌を取ると,子供たちは両手の人さし指を自分の両耳に突っ込んで,知らず知らずに一歩二歩と後ずさりする。

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緊張した一瞬。愉しかった。


昭和40年代でしょうか。森永牛乳の販促グラスです。懐かしい昭和レトロなデザインだと思います。キャラクターの名前は「ホモちゃん」らしいですよ。牛乳が分離しないように乳脂肪分を均質化する「ホモジナイズ」という製造過程に由来しているそうです。

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子供たちが脱脂粉乳と葛藤を続けている昭和30年代から40年代にかけて,学校でも牛乳が飲める日があった。必ず飲めるのは運動会の日である。運動会は春を「小運動会」秋を「大運動会」と位置づけて,一年に2度あった。この日は瓶の牛乳が飲めた。瓶牛乳が飲めるからか,運動会が楽しいからか,子供たちの顔は丸い笑みをたたえていた。

お空のもとに集まった
みんなみんな元気な子
鍛えた力を出しあって
今日は楽しい運動会 ♫

青い空の下で一生懸命に歌った「運動会の歌」

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昭和36年発売のマーブルチョコレート。パッケージは当時のものの方が昭和レトロでいいデザインです。マーブルチョコは発売当時1個30円です。高いです。一日の小遣いでは買えません。自分で買えるとしたら,遠足に行くときくらいです。マーブルチョコレートの一気食いに憧れた昭和です。

マーブルチョコレートはまずセロファンを剥がし,蓋を「ポンッ」と音を鳴らして開け,チョコを食べる前に,まずシールの確認をしました。そこには鉄腕アトムのシールが入っていました。やがて,シールは「マジックプリント」という転写式のシールにかわりました。私たちは「マジックシール」と呼んでいました。教科書にマジックシールを貼るのには,どこか後ろめたい気持ちがありました。だから私はハーモニカのケースや冷蔵庫の扉にアトムのシールを貼ったことを覚えています。

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先日買ってきたマーブルチョコレートの中身を開けてみました。シールも入っているし,蓋に隠れていて見えない容器の部分や,いくつかの粒にキャラクターが描かれていて,愉しいです。

今のマーブルチョコはキャラクターが変わってるんですね(当たり前ですが・・)。「マーブルワンちゃん」という7兄弟です。

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